「第10回記念情報教育フォーラム」発表予稿原稿

小中学校における情報モラル教育について

村田育也

北海道教育大学教育学部旭川校

1.はじめに

 インターネット利用者数の著しい増加によって,利用者の情報モラルが大きな問題となってきた.小・中・高等学校より情報教育の取組みの早かった大学では,情報倫理教育の議論もより進んでいる.私立大学情報教育協会は,1994年に報告書「情報倫理教育のすすめ」を出し,これに基づいて翌年「情報倫理概論」(1)を刊行している.また,1999年には大学教員が授業を展開するためのガイドブックとして,インターネット社会における情報の取り扱いを倫理的側面からまとめた「インターネットと情報倫理」(2)を出している.
 高校に新教科「情報」が設置されることから,高校における情報モラル教育の議論も進んでおり,テキストの試作もおこなわれている(3).新100校プロジェクトでも高校における情報モラル教育の実践が報告され(4),教材データベース構築もおこなわれている(5)
 しかし,小中学校における情報モラル教育は,まだ手探りの状態である.
Webの漢字表記や検索エンジンの利用方法など,教育利用には解決すべきことが多い(6).そのため,情報モラル教育を実践する教員の負担が大きく,充分な授業研究ができていないと思われる.小中学校における情報モラル教育を発展させるために,そのカリキュラムと教材の開発が急務である.
 2年前から京都大学,千葉大学,広島大学の研究者らを中心とする「情報倫理の構築
(FINE)」プロジェクト(7)が立ち上がるなど,ここ数年に情報モラル教育の実践,研究が本格的におこなわれている.これらの中で,小中学校における注目すべき情報モラル教育の実践を取り上げ,小中学校における情報モラル教育のカリキュラム開発とその課題,教材の種類などについて考察する.

2.情報モラルとは

 情報モラルは,高等学校および中学校学習指導要領(8)に使われている用語である.高校専門教科「情報」「家庭」「福祉」において少し詳細な記述がある.「情報」では「高度情報通信社会を主体的に生きるための個人及び産業人としての在り方,著作権やプライバシーの保護,情報発信者の責任などの情報モラル」,「家庭」「福祉」では「個人のプライバシーや著作権の保護,収集した情報の管理,発信する情報に対する責任などの情報モラル」と表現されている.
 この他にも多くの教育・研究者が様々な定義をしている.三宅・芳賀(9)は,「現実社会を反映した,リアルで,新しく現実的な事象や問題に目を向けて,それに対応できる力,情報判断能力,情報発信能力」とする.情報教育学研究会・情報倫理教育研究グループ(10)は,「インターネット社会(あるいは情報社会)において,生活者がネットワークを利用して,互いに快適な生活をおくるための規範や規律」としている.坪井(11)は,情報倫理教育が一般に「情報一般に対する倫理的な対応能力を身に付けさせる教育」だとしながらも,インターネット利用によって新たに生じた問題に注目し,特にネットワーク倫理(ネットワークの特殊性に基づいた倫理的問題への対応能力あるいは問題回避能力)を重視すべきだと主張している.
 本稿では,これらの定義を包括的に捉え,教育工学事典(12)による定義「情報を送受信する際に守るべき道徳」を採用する.
 情報モラルは情報倫理とも呼ばれ,多くの場合これらは区別されない.私立大学情報教育協会(2)は,高校以下の「情報モラル」授業と差別化するために,大学教育において「情報倫理」と呼んでいる.本稿では,小中学校を対象としているので,学習指導要領に倣って「情報モラル」と表現する.
 さて,情報モラルという用語は中学校学習指導要領では「技術・家庭」に1ヶ所のみあり,小学校学習指導要領には出てこない.しかし,出てこないから不必要だと考えるわけにはいかない.小中学校では,校内
LANやインターネットを利用して学習する機会があり,実際にそうした授業実践が増えてきている.また,各家庭で小中学生がインターネットに接続されたパソコンを使うことが増えている.このような現実を見るとき,小中学生に対する情報モラル教育は必要であり,社会認識の未発達な小学生であるがゆえにより重要であるといえる.

3.情報モラル教育カリキュラム

3.1. カリキュラム開発の試み

 情報教育学研究会・情報倫理教育研究グループ(10)は,高校・大学の情報倫理教材として,また社会人の教養書として,インターネットの光と影についてまとめた.個人情報,知的所有権,生活,ビジネス,教育,コミュニケーション,セキュリティ,犯罪の8項目について解説をしている.このグループの西野他(13)は,これら8項目を基にして,小中学校にまで対象を広げて,初等・中等教育の情報モラル教育カリキュラムの開発を検討している.

3.2. 担当教科の問題

 情報モラル教育カリキュラムを検討する上で,どの教科でどの内容の情報モラル教育をおこなうかは切実な問題である.教育現場の授業実践を見ると,その苦労がうかがえる.
 大津市立瀬田小学校(14)では,国語,社会など教科を横断した情報教育(64時間)の中の8時間で,電子メールと
Webページを題材とした情報モラル教育をおこなっている.また,江東区立第四大島小学校(15)では,道徳の2時間を使って,電子メールのネチケットを中心とする情報モラル教育をおこなっている.
 静岡県小笠郡菊川町立菊川東中学校(16)では,図1のように道徳など3教科と学級活動の時間で,情報モラル教育の内容を各教科で分担している.それに対して,千葉大学教育学部附属中学校(17)では,技術科だけが担当している.技術科30時間で情報教育をおこない,電子メールと
Webページを用いた演習授業に情報モラル教育を盛り込んでいる.
道徳  1年 プライバシーって何?
学級活動  2年 情報の被害と加害
 3年 著作権
技術・家庭科  2年 情報化の光と影
 3年 悪徳商法
社会科  2年 人権と社会
 3年 人権の尊重
図1 情報モラル教育の教科分担
(静岡県小笠郡菊川町立菊川東中学校)

3.3. 小学校低学年における課題

 神戸大学発達科学部附属明石小・中学校(18)では,幼稚園・小学校・中学校の12年間を一貫した教育課程を提案し,9歳・10歳を発達の転換期とみなして小学3年生までの前期と小学4年生からの後期の2つの教育課程に区分した.言語認識において,前期では話し言葉中心の少数の親しい相手とのコミュニケーション活動であるが,後期では書き言葉中心の不特定多数とのコミュニケーションが可能になるという.また,社会認識においては,前期では生活行動に基づいて人的環境を把握するのに対して,後期では地域的社会構成の比較考察,経験や具体思考による因果関係の把握ができるとしている.小学校における情報モラル教育カリキュラムを作るときは,これらを充分に考慮する必要がある.
 また,タイピングや
OSの操作が困難であれば,電子メールやチャットの利用も困難であり,これらを用いた情報倫理教育は意味をなさない.情報モラルの習得をどの程度期待できるのかとともに,コンピュータリテラシーの習得の限界も,指導すべきかすべきでないかも含めて大きな課題となる.

4.実践例

4.1. 小学校における実践例

 石原(14)は,5年生を対象とした64時間の情報教育の中で「インターネット上の不正情報」(3時間)と「電子メール」(5時間)を指導している.前者では,教師が作った「不正なWebページ」を閲覧させ,グループ毎に討論をおこなっている.後者では,実習授業を通して,パスワード,SPAMメールなどの説明をおこなっている.また電子メールの最後の授業で,個人情報を聞き出すメール,チェーンメール,デマ・風評を書いたメール,個人への中傷メールといった問題メールを教師が意図的に作り,MLに投稿する形で生徒に見せ,これらのメールのどこに問題があるかを話し合わせている.小学生を対象とした情報モラル教育としては,かなり踏み込んだ充実した内容となっている.
 田中・堀田(15)は,6年生を対象として道徳の2時間で授業実践をおこなっている.「男がえらいか,女がえらいか」について電子メールで討論させ,ネチケットと相手を思いやる表現を学ばせる実践である.

4.2. 中学校における実践例

 三宅・芳賀(17)は,2年生の技術科30時間(2時間×<15回)で,電子メールとWWW(閲覧と作成)を使った演習授業をおこない,その中で情報モラル教育を実践している.電子メールでは,チェーンメール,デマ情報メール,巧みに個人情報を聞き出すメールを教師が作成し,生徒らに送信して問題点を見付けさせる.WWWでは,著作権違反,過度の個人情報掲載,他人の誹謗・中傷などを含んだWebページを教師が作成し,生徒らに見せて問題を見付けさせる.
 森本(19)は,パソコンクラブで実際に起きた問題事例3つについて,アンケートに答えさせた上で生徒同士で話し合いをさせている.3つの問題事例は,友達の顔写真にいたずら書きをした,友達の絵に少し書き加えて自分の絵として提出した,ポルノ,麻薬などの有害情報の検索をした事例である.実際に身近で起きた具体的な事例を題材としているので,生徒間で充分な議論がなされたことと思う.しかし,これらの事例が偶発的に起きたものである点,電子メール利用や
Webページ作成の際の情報モラルが扱われていない点に検討の余地がある.

5.情報モラルWeb教材

5.1. Web教材

 小中学生が利用できる情報モラルWeb教材を2つ紹介する.1つは,ディズニー・オンライン・ジャパンの「サイバーネチケット・コミック」(20),もう1つは電子ネットワーク協議会の「インターネットを利用する子供のためのルールとマナー集」(21)である.
 前者は,チャット相手からの誘惑,ウィルス付きのゲーム,チェーンメールをテーマとした3編からなる.内容とキャラクターのセリフから小学校3,4年生から中学生を対象にしていると思われる.いずれもインターネットを利用しているディズニーのキャラクターが事件に巻き込まれ,キャラクターの次の行動を判断する場面で,見ている者に4つの選択肢から正しい行動を選択させる構成となっている.
 その一例を紹介する.3匹の子ブタたちが,チャットでれんがの家に集まる約束をした.それを読んだ「かわいいひつじ」が,れんがの家に有名人を連れて遊びに行きたいとチャットで頼んできた.ここで,「かわいいひつじさんを入れるべきかな?」という質問の後,図2のような選択問題が現れる.

 かわいいひつじさんを入れるべきかな?
  1. その日のうちにひろばでかわいいひつじに会うことにする.
  2. かわいいひつじが君に写真を送れるように君の住所やメールアドレスを教えてあげる.
  3. 君がお父さんやお母さんと相談するまで,ていねいにことわって君のことを教えたり家に入れたりしない.
  4. 電話で話すだけならだいじょうぶだから,かわいいひつじに君の電話番号を教える.
図2 ディズニー「サイバーネチケット・コミック」中の選択問題一例

 「インターネットを利用する子供のためのルールとマナー集」(21)(以下,「ルールとマナー集」)は,個人情報を守ることから,電子メール,チャット,
WWWでのマナー,オンラインショッピングでの注意など,インターネットを利用するために必要な知識が広く網羅されたWeb教材である.小学校高学年の児童を対象にした情報モラル教育に適している.
 前者のサイバーコミックは,子どもが好んで見る楽しい作りになっているのに対し,「ルールとマナー集」は子どもが自主的に進んで見るようにはなっていない.動機付けが必要となるであろう.

5.2. 教材の種類

 情報モラル教材には,次の3つの型があると思われる.
(1) 御法度型
ルール,マナーを集めた「べからず集」
(2) 童話型
情報モラルを学べるように構成したお話
(3) FAQ(Frequently Asked Question)型
代表的な事例について,このときはこうしなさいと教えるもの
 前述の「サイバーネチケット・コミック」は童話型,「ルールとマナー集」は御法度型である.また,株式会社ランドコンピュータ(22)は,個人情報の保護,チャットの危険性など14項目に分け,小学校と中学校向けのトラブル事例をあげている.これらを元に「ネット社会の歩き方」を学ぶ教材ソフトを作成するという.これは,
FAQ型教材である.
 どの型の教材が良いか悪いかではなく,これらを状況に応じて使い分け,児童・生徒に合った情報モラル教育をデザインしていく必要がある.

6.おわりに

 本稿では道徳教育の方法論については触れなかった.情報モラル教育の方法について議論するとき,道徳教育の先行研究は不可欠であると思われる.今後の課題としたい.

参考文献

  1. 私立大学情報教育協会(1995):「情報倫理概論」 http://juce.shijokyo.or.jp/LINK/report/rinri/mokuji.htm

  2. 私立大学情報教育協会(1999):インターネットと情報倫理 1999年版 http://juce.shijokyo.or.jp/LINK/report/99pub.htm

  3. 情報教育学研究会・情報倫理教育研究グループ:インターネット活用と情報倫理 http://www.psn.ne.jp/~iec-ken/rinri/textbook/

  4. 高橋邦夫:新100校プロジェクト成果発表会高等学校部会「情報モラル教育の実践と課題」 http://www.cec.or.jp/books/H09seika/tougan.html

  5. 高橋邦夫:情報モラル教材データベースの構築 http://www.edu.ipa.go.jp/E-square/h10jishi/2/53/

  6. 中川斉史(1999):児童がインターネットを利用して,学習を進める際の問題点とその解決法についての一考察,日本教育工学会研究報告集 JET99-4, pp.57-64.

  7. 「情報倫理の構築(FINE)」プロジェクト http://www.fine.bun.kyoto-u.ac.jp/

  8. 文部省:学習指導要領 http://www.monbu.go.jp/news/00000317/

  9. 三宅健次・芳賀高洋:情報倫理教育と情報教育について http://tech.jr.chiba-u.ac.jp/rinri.html

  10. 情報教育学研究会・情報倫理教育研究グループ(2000) :インターネットの光と影−被害者・加害者にならないための情報倫理入門−,北大路書房.

  11. 坪井雅史:情報倫理教育の方法論 http://www.fine.lett.hiroshima-u.ac.jp/990629/tsuboi2.html

  12. 日本教育工学会(2000):教育工学事典,実教出版

  13. 西野和典他(2000):初等・中等教育における情報倫理教育カリキュラムの開発−その学習目標と学習内容について−,教育工学関連学協会連合第6回全国大会 講演論文集第二分冊 pp.273-274.

  14. 石原一彦:校内LANの教育利用と「総合的学習の時間」における情報教育のカリキュラム http://www.fine.lett.hiroshima-u.ac.jp/fine2000/4-1/isihara1.html

  15. 田中克昌・堀田龍也:教室内ネットワークを利用した情報モラルの授業実践 http://home7.highway.ne.jp/ktanaka/ronbun6.htm

  16. 静岡県小笠郡菊川町立菊川東中学校:情報モラル研究 http://www.dspnet.co.jp/~kikuto/syoukai/moraru.htm

  17. 三宅健次・芳賀高洋:千葉大学教育学部附属中学校の情報倫理教育 http://www.fine.lett.hiroshima-u.ac.jp/fine2000/4-2/miyake1.html

  18. 神戸大学発達科学部附属明石小・中学校 (1996):学習主体としての子どもを支援する12か年の教育課程の開発−総合・探求学習を核にした幼稚園・小学校・中学校の連携研究の試み−

  19. 森本康彦:中学校における現状と生徒の心の中−広島市立牛田中学校での事例から情報倫理教育を考える− http://www.fine.lett.hiroshima-u.ac.jp/fine2000/2-2/

  20. ディズニー・オンライン・ジャパン:サイバーネチケット・コミック http://www.disney.co.jp/cybernetiquette/index.html

  21. 電子ネットワーク協議会:インターネットを利用する子供のためのルールとマナー集 http://www.enc.or.jp/enc/code/rule4child/

  22. 株式会社ランドコンピュータ:「ネット社会の歩き方」 http://www.randcomputer.com/net-walk/pub/20001004prot.html



BACK