旭川随想(「こどびーつうしん」子どものいる風景)

村田育也(北海道教育大学旭川校)

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人のけもの道

 北海道に移り住んで2ヶ月半が経ちました。私が住んでいる辺りは住宅街ですが、ビルや住宅同士の間が広く土地に余裕があります。これは冬に屋根から落とした雪を置いておくための場所です。このような場所は、4月になって雪が融け始めると一斉にいろんな草が伸びて草むらになります。つくしの林になったり、たんぽぽ畑になったり、ふきの密林になったりもします。私が住んでいる公務員宿舎の周囲にも、このような場所がかなり広くあります。
 ある朝、宿舎の玄関を出ると、そこで2人の母親が立ち話をしていました。その先に目をやると4、5歳の男の子二人が、草むらに分け入ろうとしているところでした。草は2人の背丈以上に伸びています。母親の1人がそれに気付き、名前を呼んで呼び止めました。すると、2人の男の子はこちらを振り向きました。そのときの2人の顔は笑っていました。見つかっちゃったと苦笑いしながら、いたずら好きそうな瞳は輝いていました。
 宿舎周辺の草むらを宿舎の4階から見下ろすと、その中を緩やかな曲線で続くけもの道が見えます。宿舎から駐車場まで近道する人たちが作った「人のけもの道」です。はじめは私も童心にかえって、このけもの道を通っていましたが、ひっつき虫がスーツに一杯くっついてから通るのをやめてしまいました。でも小学生の娘は、妻と私が遠回りして舗装路を歩いていても、楽しそうに人のけもの道を通ります。それだけでなく、自分だけのけもの道を作って、私たちに自慢しています。
 子どもたちにとって、草むらは絶対に必要な生活環境だと思います。そういえば、私たちが子どもの頃は草むらはどこにでもありました。そこが、探検したり、虫捕りをしたり、かくれんぼをしたりする遊び場になっていました。そんな草むらは、都市化とともに姿を消しました。でも、雪国には雪置場という必要に迫られて、今も住宅街に草むらが生き残っています。懐かしい思いで草むらを眺めながら、人のけもの道を通る子どもたちの笑顔を見るたびに幸せな気持ちになります。

「こどびーつうしん No.9」2000.7

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指にとまるトンボ

 大学の構内にトンボがたくさんいます。家族で外出する途中で大学に寄ったとき、娘と一緒にトンボを追いました。木の枝にトンボが一杯とまっているので、娘と私は捕まえてみようとしました。初めは指をトンボの目の前でくるくると回していましたが、どうもここにいるトンボは手を近づけても逃げないようです。指をそっと近づけると、トンボの体にさわることができます。さわるとさすがにトンボは飛び立ちますが、すぐにどこかにとまろうとします。そこで、とまろうとしているトンボの近くに人差し指を立ててみました。すると、案の定トンボは私の指先にとまりました。娘もそれを見て指を立てると、娘の指にもトンボがとまりました。とてもうれしそうでした。
 トンボはただ羽を休めるために指にとまっているだけでしょう。でも人間には、トンボが自分を信頼して指にとまってくれているように感じられます。心が通い合ったような気がして、何だかとてもうれしくなります。トンボを捕まえようとしていたことなどきれいに忘れてしまって、私は娘と一緒にトンボを指にとめて遊びました。指にとまるトンボは大学内だけではありませんでした。家の周辺でも、富良野に遊びに行ったときにも、トンボは指にとまりました。
 私の子どもの頃を思い浮かべると、トンボを捕まえたこともトンボに噛みつかれたこともありますが、指にとめて遊んだという記憶はありません。虫を捕まえるのではなく、一緒に遊ぶ。こんな経験は、かなり前から都市部では難しくなっていることでしょう。
 ある日、家に帰ると娘がうれしそうに話をしてくれました。トンボが自分の顔にとまったというのです。そして、そのまま自分の部屋まで行き、窓をあけ、トンボに手を触れると、窓から外に飛んでいったというのです。絵は、トンボが顔にとまったときの様子を娘が描いて説明してくれたものです。
 人間を恐れない無数のトンボたちとの出会い。すべての子どもたちに経験してもらいたい素晴らしい出会いです。

「こどびーつうしん No.10」2000.9

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ママさんダンプ

 最近、日本の広さ(正確には長さ?)を感じています。北海道では、関西で全く見ることのできないものを見、全く経験できないことを経験できます。8月に公務員宿舎を出て、一戸建ての家に引っ越しました。宿舎より2倍広く、天井の高い家なので気に入っています。そして、今そのお陰で関西では考えられない経験をしています。その1つを紹介します。
 中3の息子の友達が家に遊びにきたときに、雪かきを手伝ってくれたそうです。そのとき、彼は「ママさんダンプ」を出してくれと言ったのだそうです。しかし、大きなスコップのような雪かきの道具は2つ買っていましたが、ママさんダンプはありませんでした。確かに雪かきに不便を感じていたので、ママさんダンプを買いに行きました。それは、どのホームセンターにも山積みになっていました。
 ママさんダンプは図のような形をしていて、雪をかき、集め、乗せて運ぶことができるなかなかの優れものです。でも、なぜ「ママさん」なのでしょうか。雪は、パパさんが仕事に出掛けているときにも降ります。そのとき、雪かきはママさんの仕事です。これは私の推測ですが、たぶん正解だと思います。事実、土日以外の日に雪かきをしているのはほとんどが女性です。
 雪かきは結構重労働で、家の前の道を雪かきするだけでも息が切れます。早く終えようと頑張ると、零下10度のときでも汗をかきます。ママさんダンプを使えばかなり楽になりますが、それでも大変な作業です。
 我家では、平日の夜や土日に家族総出で雪かきをします。反抗期の息子も雪かきを手伝ってくれます。娘も自分用のママさんダンプミニを手に雪を運びます。雪かきをすると道路の脇に大きな雪山ができます。次の雪をその雪山の奥へやるために雪山にスロープを作ります。子どもたちはそれが気に入ったみたいで、何度もそのスロープを行き来し、そのうち新しい自分の道を作り始めます。子どもたちは物珍しさも手伝ってか、遊び感覚で手伝ってくれているようです。
 ある朝、妻がその雪山を指して、あの窪みは何だと思うかと尋ねました。雪かきでできた雪山の側面に小さな人型と少し大きな人型の窪みがいくつもできていました。それらは、子どもたちが雪山に体ごと倒れ込んで作った「人間スタンプ」の跡でした。
「雪かきも家族みんなですれば楽しいね」
雪かきの後、妻が私に言いました。できればこんな労働はしたくないと思いながら、そういうポジティブ・シンキングもいいなと思っています。

「こどびーつうしん No.12」2001.1

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スキー

 こちらの小学校では、体育の授業として、スキー遠足があります。その日はスキー場に出かけて1日中スキーをします。娘はスキーをしたことがなかったので、恥ずかしい思いをするのではないかと不安がっていました。そこで、スキー遠足に先立って、家族でスキーに行くことにしました。
 スキー遠足に行くスキー場までは、車で20分ほどの距離です。市内にはいくつも市民ゲレンデがあり、どこでも本格的なスキーができます。しかも、そこにあるのは関西近郊のゲレンデのようなベトベト雪やガチガチ雪ではなく、サラサラでフワフワの雪です。関西で午前4時に起きて車を走らせていたことを思うと、ここはスキーヤーの天国です。
 娘は喜び勇んでゲレンデに飛び出しましたが、思うように動けなくて、べそをかいてしまいました。それでも、妻と私がついて練習すると、すぐにリフトで上がって初級者用ゲレンデを滑って降りられるようになりました。3日後に同じゲレンデに行ったときには、妻が二の足を踏む中級者用ゲレンデを、私と一緒に滑ることができるようになっていました。
 娘が楽しそうにスキーの自慢話をするのを聞いて、中学の息子がスキーに付いてくるようになりました。息子は初めこそ悪戦苦闘していましたが、すぐにボーゲン(スキー板をハの字にしてゆっくり滑るスキーの形)で滑れるようになり、完全にスキーにはまってしまいました。
 2度目には、かなり急な中級者用斜面を滑れるようになっていました。私が息子より先に滑り少し先で待つつもりで振り返ると、すぐ後ろにいたことがあります。ボーゲンでパラレル(スキー板を平行にして滑るスキーの形)に付いてくるなんて、これには驚きました。息子は、何とボーゲンでほとんどまっすぐに滑っているのです。スキーのエッジ(スキー板の両端に付いている金属の歯)がすぐにボロボロになりそうな滑り方ですが、本人は気に入って滑りまわっています。
 あるスキー場で、娘と息子が山頂から滑り降りているのを見て、それまでロッジで見学していた妻が、山頂までリフトで上がったことがあります。しかし、妻は途中で滑れなくなり、スキー板を脱いで歩いて降りるはめになりました。妻は子どもたちの上達振りに舌を巻いていました。

「こどびーつうしん No.13」2001.3

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幸せを運ぶ犬

 今わが家には5歳のゴールデンレトリーバーがいます。名前はエルです。引越しのために飼えなくなった人とインターネットで知合い、今年2月に譲ってもらいました。「犬を飼うなら子犬からがいい」という家族を説得し、家族全員でエルに面会に行きました。そこで、子どもたちが気に入ってくれたので、譲ってもらうことにしました。「今度引越しするときは、一戸建ての家に住んで犬を飼おう」と娘と約束していました。それをやっと果たすことができました。
 エルが家族の一員になってから、排便排尿の後始末や抜け毛の処理など大変な作業が増えました。でも、それ以上にすてきなことが増えました。
 エルが来た2月はまだ一面の雪景色でした。外に作ったフェンスに入れると、夜悲しげに鳴きました。寒くて寂しかったのでしょう。家の中に入れて、娘が横について眠ってくれました。すると、数日もするとあお向けになって、お腹丸出しで眠るようになりました。すっかり安心したのでしょう。
 家の前は市道ですが、袋小路になっていて、奥がちょっとした広場になっています。この広場を囲むように8軒の家が並んでいます。8軒で除雪した雪は、この広場の一角に集められ、大きな雪山になります。娘はこの雪山に登って遊ぶのが大好きです。スキーウェアを着込んで、よじ登り、掘り、すべって遊びます。エルが来てから、一緒に楽しむ家族ができました。エルと一緒に雪山や家のまわりを走りまわって、遊んでいました。
 娘と一緒に家の前でエルと遊んでいたとき、家の前の道で雪の上にたくさんの四葉のクローバの形をした窪みがあるのに気付きました。それはエルの足跡でした。水鳥用の猟犬だったゴールデンレトリーバーは、足先の肉球が大きく水かきのように広がっています。それで、前足の足跡が四葉のクローバのような形になるようです。
 毎朝散歩に連れていくのは私の仕事です。住宅街を抜け、雑木林をくぐり、近くの公園を一周して帰ってきます。今は雪が融け地面は一面緑色になりました。名も知らない小鳥のさえずりを聞きながら、朝の涼しい風の中を歩きます。エルが来たから知ることのできた心地いいひとときです。
 エルは、四葉のクローバの足跡と一緒に、私たちに幸せを運んできてくれたようです。

「こどびーつうしん No.14」2001.5

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チャット

 小学校6年生の娘が、今チャットにはまっています。チャットというのは、インターネットを通して文字でやり取りする「おしゃべり」のことです。しゃべっている内容は、昨日出た宿題のこと、テレビドラマの話、飼っているペットの話など、たわいもないことばかりです。知らない人との出会い、また同じ人と会っておしゃべりすることが、ただ楽しいようです。
 チャットをしている時間は、主に夕食前と夕食後から入浴前までで、毎日誰かとチャットをしています。利用しているチャットは、子どもたちのコミュニケーション支援を目的に、大学の研究室で試験的に作ったものです(注)。娘の同級生男女数人と、娘が他のサイトで知り合った小学3年生の女の子、中学生の女の子がよく入ってくれます。
 このチャットでは、発言ランキングを設けて、チャットでの発言回数を集計して表示しています。娘と同級生が1位を争っていて、2人ともひと月足らずで発言回数が2000回を越えています。これも励みになっているのでしょう。
 息子も中3のときに、チャットにはまったことがありました。すさまじいはまり方で、止めなければ一晩中チャットをしていましたし、無分別で暴走したチャットをしていました。見るからに怪しいデザインのホームページでチャットをしているのを見つけたことがあります。尋ねると、チャッ友(チャット仲間)に教えてもらったホームページだそうで、誰が作ったホームページか調べもせず、しかも自分の本名でチャットしていました。息子の暴走振りには手を焼き、他にも無差別にプログラムをダウンロードしていたので、パソコンの使用を禁止したことがありました。
 その点、女の子の方がよく理解していて、節度を持ってチャットを楽しんでいるようです。ハンドルネームと呼ばれるニックネームを使ってチャットしていますし、食事や入浴のときは相手に断ってチャットを中断しています。女の子の方が、インターネット上でもおしゃべりは上手なのかもしれません。

(注)このチャットは、私とゼミの学生が運用していますから、安心して使ってもらえます。一度訪れてみてください。
http://www.et.asa.hokkyodai.ac.jp/cs/chat.html

「こどびーつうしん No.15」2001.7

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土の力

 私の研究室は大学のグラウンドに面しています。研究室から見るグラウンドは、いつも一面同じ色ですが、1年を通して2色が交互にやってきます。それらは季節を二分します。白色が冬で、緑色が冬以外です。グラウンドの色は茶色だと思っていた私には不思議な光景でした。
 冬は一面真っ白です。これは想像できました。ところが、4月になって雪が融けても、地肌は見えてきません。草が青々としているからです。そこには、雪融け水を一杯に含んだスポンジのような草のカーペットがあります。雪が残っているうちから、草は芽吹き生長していたのです。これには驚きました。
 夏は草が伸びますが、こちらでは草を抜くことはありません。機械で短く刈り込みます。しばらくするとまた伸びるので、また刈り込みます。やがて、11月に雪が降り始めると、草は枯れる間もなく雪に埋もれます。グラウンドは一面の銀世界になります。こうして、グラウンドは茶色になることなく、白色と緑色を交互に繰り返します。
 旭川の植物は生長がとても速い感じがします。旭川ではチューリップがきれいに咲きますが、雪が融けると、ほどなく芽が出て2週間ほどで開花します。冬の間枯木のような街路樹は、気温が上がるとある日突然緑のトンネルを作ります。公園や空地が一晩でタンポポ畑になります。
 しかも速いだけでなく、大きく生長します。チューリップは、速くても立派な大輪を咲かせます。公園や空地に咲くタンポポの花は、かなり大きくなります。直径が関西のものの2倍くらいあって花弁もいっぱい付いているので、タンポポではないような気さえします。最近では、民家の庭で4メートルの高さに生長したヒマワリがニュースになっていました。
 さらに驚いたことには、花々は季節を無視して咲き乱れます。8月にアジサイとヒマワリとコスモスが一緒に咲いているのを妻と見たときには、2人とも目を疑いました。梅と桜のどちらが先に咲くかはわかりません。桜も花と葉が一緒に出ます。こちらの季節は、「冬」と「冬以外」しかないのかもしれません。植物たちは約半年間の「冬以外」という季節を精一杯生きるのでしょう。
 これらの植物の生長を、最も強く支えているのは土でしょう。北海道の土には生命を育む力に満ちているような気がします。ふと、おいしいお米がとれる所を思い浮かべてみると、新潟、秋田、北海道・・・雪がたくさん降る所だなあと気付きます。土に力があるのは、雪融け水で土が湿っている時間が長いからかもしれません。

「こどびーつうしん No.16」2001.9

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