教育革命への道

村田育也(北海道教育大学旭川校)


< 1 >教育の大政奉還
< 2 >大病院型教育から医院型教育へ
< 3 >理想の教育とは
< 4 >「分ける」教育から「集まる」教育へ (1) −「分ける」から「集める」へ −
< 5 >「分ける」教育から「集まる」教育へ (2) −「集める」から「集まる」へ −
< 6 >選択の自由
< 7 >居場所
< 8 >分散教室
< 9 >集まる教育の学び方
< 10 >教育コーディネータ
< 11 >教育バウチャーと学習保障証
< 12 >有限を無限に
< 13 >コミュニティ・ベースト
< 14 >サイバーフリースクール「北の散歩道」(1)
< 15 >サイバーフリースクール「北の散歩道」(2)

< 番外編 1 >何か引っかかるもの(前編)
< 番外編 2 >何か引っかかるもの(後編)
< 番外編 3 >塀のない学校
[エッセー目次に戻る]

教育の大政奉還

 ある学会のシンポジウムで,文部省のある課長が私人として出席して面白い講演をした.教育者や教育の研究者は,文部省が口を出し過ぎると批判する一方で,文部省に対してこうしろああしろと要求する.自分たちが良いと思う教育があるなら,文部省に頼らず自分たちで実践してはどうか.今まで文部省が教育に手を出し過ぎたので,何でも文部省がするものだという考えが強すぎる.文部省では教育行政を教育の当事者に返すことを考えており,その実現のために文部省をなくしても良いとさえ考えている.文部省では,これを教育の大政奉還と呼んでいる.このような話だった.
 文部省は変わりつつあるという話を聞いたことがあるが,文部省官僚から教育行政改革について直接聞いたことはなかった.議論を盛り上げるためのリップサービスもあったのだと思うが,文部省官僚の中にここまでものを言う人がいたということには正直驚いた.
 大政奉還のすぐ後,国は富国強兵策に合わせて子どもの教育を独占した.それ以前の教育は家庭や寺子屋や職場(丁稚奉公等)でおこなわれていた.つまり地域社会の人たちが自分たちの責任で子どもを教育していた.教育の大政奉還とは,国が教育行政を地域社会に返すことだと私は思う.
 本当の意味で教育の大政奉還を実現するには,文部省だけでなく学校もなくしてしまうべきだと思う.学校は,お国のための人材育成を目的として始まった.家庭,寺子屋,職場での少人数教育を捨て,効率を重視した大量生産型の一斉教育を始めた.このような国主導の学校教育を見直すには,荒療治が許されるなら,学校をなくしてしまうのが一番良い.
 学校がなくなれば,学校に代わって塾が全盛期を迎え,教育は商業主義に陥ると考える人もいるかもしれない.しかし,今あるほとんどの塾は,学校がなくなれば学校と運命をともにして消えてしまうはずだ.進学塾は少しでも偏差値の高い学校に進学させることを目的にしている.学習塾は,学校の成績を少しでも上げることを目的にしている.だから,学校がなくなれば,進学塾も学習塾も存在理由を失ってしまうからだ.
 学校がなくなれば,教育とは何かをすべての人が真剣に考えなければならなくなる.自分や自分の子どもたちが何を学ぶべきかを,本当の意味で考えなければならなくなる.地域社会で子どもをどう育てていくべきかを考えなければならなくなる.
 今まで,子どもたちは何を学ぶかを考えることなく,学校に行くために学校に行っていた.親たちは子どもに何を学ばせるかを考えることなく,学校に行かせるために学校に行かせていた.この矛盾から,私たちは解き放たれる必要がある.
 リップサービスではなく,日本の教育には「教育の大政奉還」が絶対に必要だと私は考えている.

「明石不登校を考える会 第24号」2000.10

[エッセー目次に戻る]

大病院型教育から医院型教育へ

 デンマークから帰国したある夫婦が,自分の子どもを含めた日本の子どもたちのために小さな学校を作ろうと考えた.デンマークでは自宅の1階を改造して学校を開いている人もいたので,日本でもそのような小さな学校ができるものと考えていたそうである.ところが,教育委員会に相談に行くと軽くあしらわれてしまったそうである.それでも,その夫婦は日本の学校設置基準を調べ,自分たちの学校を作ろうと頑張った.しかし,学校設置基準の大きな壁に阻まれて断念せざるを得なかったそうである.
 学校設置基準には,1学年2クラス(定員80人)以上の児童・生徒(全学年で小学校なら480人,中学校なら240人)が同時に入る教室,特別教室,体育館,運動場などの規定が記されている.この規定に従えば,確かに文部省が「学校」と呼ぶ教育施設ができあがる.私たちが「学校」と思わされている校舎や運動場である.このような施設を用意するとなると数億円の資金は必要で,到底一夫婦が手を出せるような話ではなかった.
 海外の教育者が日本の学校を調査に来る場合,日本のどこか1つの学校だけ見れば充分だという.人口過疎地の分校を除けば,どの学校も似たような校舎と体育館と運動場がある同じ「学校」だからである.この原因は学校設置基準にある.ガチガチの学校設置基準が日本の学校の個性を奪っているのである.
 ここで,教育施設を医療施設に例えて2つのタイプに分けることにする.大病院型教育施設と医院型教育施設である.今の日本の学校は大病院型ばかりである.大病院では,施設設備は整っているが,医者1人当たりが接する患者の数が多く,入退院の度に患者が変わるため,患者の顔を覚え,個性を知り,私生活に及んで相談に乗るようなことはほとんどない.それに重病や重傷の患者が優先されるため,風邪程度だと何時間も待たされた後,診察は十数分だったというようなこともある.それに対して医院は,施設は小さく最新の設備はないが,その地域の人たちが気軽に訪れることができる.患者の生活環境や家庭事情を考慮して,重い病気でなくても,親身になって健康のことを助言してくれる.
 首相と文部大臣の諮問機関である教育改革国民会議は,教育改革の1つの目標として「一律主義を改め、個性を伸ばす教育システムを導入する」をあげている(http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku).もし本当にこれを実現する気があるのなら,いつまでも大病院型の学校だけを学校とはせずに,医院型の学校を認めるべきではないだろうか.
 医院型の学校を認可することは,決して夢物語ではない.世界に目を向けると,住居を改造した学校,倉庫やビルの一室を教室にした学校など医院型の学校が数多くある.発展途上国の話ではなく,欧米の話である.日本においても,フリースクールや絵画教室,音楽教室などの形で医院型教育はおこなわれている.しかし,これらは「学校」ではない.私は,医院型教育をおこなう教育施設を「学校」と認めるだけでも,教育改革は大きく前進すると考えている.
 大病院型教育を全く要らないとまでは言わないが,医院型の学校を認可して(届出制でも良いと思う),医院型教育が主流になった方が良いと思っている.そうなって初めて,「一律主義を改め、個性を伸ばす」ことができるのだと思う.

「明石不登校を考える会 第25号」2000.11

[エッセー目次に戻る]

理想の教育とは

 最近内閣や文部省が「教育改革」をさかんに口にするようになった.教育改革は,教育をより良くし,少しでも「理想の教育」に近づけるための変革だといえる.では,理想の教育とは,どういう教育なのだろうか.
 学校教育は「均等な教育」を目指している.子どもたちが住んでいる場所で通う学校を決めてしまうためには,どの学校でも同じ教育を提供しなければならないからである.そのために,学校設置基準があって同じ校舎,同じ教育設備を備える.学習指導要領があり,検定教科書があって,教育内容を同じにする.教員免許があって,どの教員にも同じ教育を与える力があると証明する.
 均等な教育を目指しながら,理想の教育を目指すことができるのは,理想の教育が唯一つだけある場合に限られる.つまり,学校教育は「すべての子どもに共通する唯1つの理想の教育がある」という前提の上に成り立っている.果たして,これは可能だろうか?
 産業革命の後しばらくの間は,これが可能だった.この時期は,均等と効率を重視した教育が理想の教育と考えられていた.それは,大規模工場の生産ラインで均質な製品を効率良く作り出しているように,学校で均質な知識を持った子どもたちを効率良く大量生産する教育である.この頃は大量生産,大量消費による経済成長が理想だった時期だから,そのような教育を理想と考えたのもやむを得なかったといえる.
 しかし,今は違う.大量生産,大量消費,大量廃棄による環境問題が深刻になり,人々は生活スタイルを変えないと破滅の道しかないことに気付き始めた.そして,人々の価値観が変わり始めた.大量生産製品ではなく,効率が悪くても(時間とお金がかかっても)自分に合ったオーダーメイド製品を望む人が増えてきた.人とは違う髪の形や色,服装,持ち物を選んで,個性を表現する若者たちが増えてきた.
 教育においても,子ども一人一人を大切にし個性を伸ばすしてやりたいと考える人が増えてきた.子どもたちがもっている異なる潜在能力を個別に伸ばしてやりたいと考える人が増えてきた.そう考える人たちなら,すべての子どもに共通する唯一つの「理想の教育」が幻想であることに気付くはずだ.
 教育改革について議論をするとき,ついすべての子どもたちに共通する唯1つの「理想の教育」があるように思ってしまう.そのため,行きつくはずのない「理想の教育」について,いつまでも終わらない不毛な議論をしてしまうことが多い.しかし,それは,学校教育に影響を受けた人たち(つまりほとんどすべての人たち)が陥る間違いである.教育研究者もこの間違いをおかしている.唯一つの「理想の教育」はない.もし「理想の教育」があるとしたら,それは学習者の数だけ存在する.本当の教育改革をするためには,この前提が必要である.
 私が医院型の学校(以後,教室と呼ぶ)の必要性を訴えているのは,小さくなれば教室は個性をもちやすいからである.個性のあるそれぞれの教室が様々な理想の教育をする.そして,学習者とその保護者が「選択の自由」をもっていれば,学習者に合った教室で,望んだ内容を学習者に適した方法で学習をすることができるようになる.そのとき,初めてその学習者にとって「理想の教育」かどうかを考えることができる.
 教育基本法で保障されている教育の機会均等は,学習者に合った教育を選択する機会が均等だということである.決して受ける教育そのもの(教育の設備,教材,教師等)が均等であることではない.教育そのものを均等にしてしまう唯一つの「理想の教育」を考えるのはやめよう.私たちが今後目指すべき「理想の教育」は,学習者の数と同じだけある多様な教育なのだから.

「明石不登校を考える会 第26号」2000.12

[エッセー目次に戻る]

「分ける」教育から「集まる」教育へ (1)

−「分ける」から「集める」へ −
 理想の教育は学習者の数だけある.前回私はこう主張した.しかし,現実問題として学習者と同じ数の指導者と教材を用意することは不可能だ.理想論だけでは教育は変わらない.そんな声が聞こえてきそうだ.今回からは,理想の教育を実現するためのノウハウの話に少しずつ移っていく.
 さて,学校教育は「分ける」教育である.子どもを住んでいる場所で分けて通う学校を決める.子どもを年齢で分けて学年を決める.1学級が40人以下になるようにクラス分けをする.そこで同じ内容を学習させ同じテストをして,子どもたちを勉強のできる子とできない子,運動のできる子とできない子に分けていく.
 私は「分ける」と「集める」の違いにこだわりを持っている.分けるというのは,まとまりのある1つの集団を分割してグループを作っていくことである.集めるというのは,ばらばらなものを一緒にしてグループを作っていくことである.どちらもグループを作るということでは同じだが,その操作をする人の意識には全く正反対の前提があり,その結果できるグループには明らかな違いが現れる.
 ここに,すべてどこかが違う20個くらいのビー玉があるとする.これをグループに分けるときと集めるときの違いを考える.ビー玉を分けるとき,中に模様のあるものとないものに分けるかもしれない.大きいものと小さいものに分けるかもしれない.あるいは,色の濃いものと薄いものに分けるかもしれない.どのような分け方をしても,1つの特徴の違いに注目してグループを作ることになる.それに対して集めるときは,星のような模様のあるものを集めたり,大きいものを集めたり,透明感のあるものを集めたりする.これらの異なる特徴で集めたグループは同時に存在することができる.このとき,ビー玉1個1個が持つ最も大事な特徴(個性)を活かしてグループが作られたと言える.
 ここで,操作をする人の意識の中にある前提の違いについて述べる.分ける場合は,異なる特徴の1つに注目してグループを作る.このとき,その人の意識にはそれ以外の特徴の差には目をつむって大差はない,つまりほぼ同じものだとする前提がある.それに対して集める場合は,共通する特徴の1つに注目してグループを作る.このとき,それ以外の特徴は異なっているとする前提がある.したがって,分ける場合は全体を均質な集団とみなす前提があり,集める場合は全体をすべて異なる特徴を持つ個の集団とみなす前提がある.
 次に,結果としてできるグループの違いについて述べる.分けたときには1つの特徴(たとえば模様の有無)でグループが作られるのに対して,集めたときには複数の特徴(模様,大きさ,透明感など)で多様なグループが作られる.また,分けたときには結果としてまとまりあるものを壊すことになるのに対して,集めたときには新しいまとまりあるものをを作ることになる.たとえばビー玉を集めるとき,「光に透かすととてもきれいなビー玉」のグループを作るかもしれないし,「回すと虹色に見えるビー玉」のグループを作るかもしれない.集める場合には,その人にしか思いつかないような独創的なグループが生まれる可能性がある.
「分ける」教育と「集める」教育.子ども一人一人を大切にし個性を尊重する教育を実現するには,どちらの教育でなければならないか.もうお分かりだと思う.子どもたちを「分ける」のではなく「集める」ようにすることで,教育システムは大きく変わっていく.しかし,理想の教育を実現するためには,これだけでは充分でない.「集める」教育は,さらに「集まる」教育に変わっていく必要がある.

「明石不登校から考える会 第27号」2001.1

[エッセー目次に戻る]

「分ける」教育から「集まる」教育へ (2)

−「集める」から「集まる」へ −
 「集める」と「集まる」は,他動詞と自動詞の違いである.つまり,グループを作る行為者が,第三者なのかグループ構成者自身なのかの違いである.
 再びビー玉を例に説明する.ビー玉という意思を持たないものを,人がそれぞれのビー玉の特徴を見てグループを作ることが「集める」である.それぞれのビー玉が意思を持ち,自分の特徴を自己主張しながら他のビー玉の特徴を見てグループを作ることが「集まる」である.
 ビー玉を「分ける」「集める」の場合は,ビー玉全部を見渡している人がいる.子どもたちを「分ける」「集める」の場合は,子どもたち全員を見渡している神様のような存在がいる.しかし,このようなことが可能なのだろうか.
 「分ける」場合は,子ども一人一人を見なくても,住んでいる地域と年齢で機械的に分けることができる.これまで,日本の教育行政はそうしてきた.法律が一度できてしまうと,それは神様のように振舞い,抵抗しがたい運命のように子どもたちを分けてしまう.
 それに対して,「集める」場合は,子ども一人一人の個性を見なければならない.しかし,日本中の子ども全部を見渡すことはできないから,かなり小分けにした地域毎に見渡すことになるだろう.すると,その時点で「分ける」作業をしてしまっていることになる.子どもたちを「集める」作業を誰かがすることは不可能である.人ができない膨大なデータ処理をコンピュータにさせることは可能だ.しかし,子どもと保護者一人一人の思いをデータベースに表現し,コンピュータが人肌の温もりを感じながら判断してグループを作っていくことなどできるはずがない.コンピュータに神様の代わりをさせるわけにはいかない.
 子どもたちを「集める」ことはできなくても,子どもたちが「集まる」ことならできる.子どもと保護者が,自分たちの目の届く範囲で見渡して,子どもに適した指導者,ともに学ぶ仲間,学ぶ内容を決めていけば良い.すると,同じ指導者を慕って子どもたちが集まってグループを作り,ともに学びたい仲間が集まってグループを作り,同じ内容を学びたい子どもたちが集まってグループを作る.
 これらのグループは,決して固定するものではない.ひと月単位,数ヶ月単位で,グループはダイナミックに再編成されれば良い.また,子どもは1つのグループだけに拘束される必要もない.複数のグループに所属して,複数の指導者に就いて様々な内容を学べば良い.  このように,子どもたちが思い思いに集まってグループを作り,そこで学べる教育が「集まる」教育である.
 「集まる」教育を実現するには,学校教育とは異なる教育の仕組みがいくつも必要になる.まず,教育における選択の自由が保障させていなければならない.特に,経済的な理由から選択の自由を奪われるような状況を作ってはならない.次に,子どもと保護者が最適な教育を選択できるようにサポートする教育コーディネータが必要である.その他にも「集まる」ことをサポートする「居場所」や集まったグループに学習の場を提供する「分散教室」が必要である.

「明石不登校から考える会 第28号」2001.2

[エッセー目次に戻る]

選択の自由

「集まる」教育を実現するには,子どもと保護者が教育を自由に選択する権利(選択の自由)を持つ必要がある.選択の自由を保障するためには,次の2点を満たすことが重要である.
(1) 分科した多様な教室(医院型学校)が多数あること
(2) 教室によって保護者の経済的な負担に差がないこと
 1つめは,教室を自由に選択するには,まず分科した多様な教室が多数なくてはならないということである.
「分科した」とは,ある教科内容を専門的に指導する教室に分かれているということである.ここで再び病院のアナロジーに戻ろう.
 私たちは医者にかかるとき,体のどこがどう悪いのかによって医院を選択する.お腹が痛くなれば内科に,足がはれれば外科に,耳が痛くなれば耳鼻科に行く.もちろん大きな総合病院に行くこともできるが,大病院では待ち時間が長く面識のない医者にあたることも多い.軽い症状なら,気心の知れた近くの医院で診てもらう方が自然だろう.
 教育でも同じことがいえる.学校教育では,英語,国語,数学,理科など多くの教科内容を教えている.学校に通うことは大きな総合病院に行くことと同じだ.多くの教科内容を教えてくれるが,すべての子どもそれぞれのペースに合わせることはできないし,先生を選択させてくれることもない.しかし,医院型教育なら単科教室がいくつもあって,子どもそれぞれが自分に合った教室に通うことができる.英語は1丁目の佐藤先生の教室に,数学は2丁目の鈴木先生の教室に,音楽は3丁目の田中先生の教室に通うという具合である.
「多様な教室が多数ある」とは,子どもが通える範囲に同じ教科内容を異なる方法で指導する教室が,2つ以上(できるだけ多く)あるという意味である.そうでなければ,指導者や教育方法によって教室を選択することができない.
 2つめは,保護者の経済的な理由によって,子どもの教育を選択する自由が奪われてはならないということである.
 多様な教室が多数あっても,高額な授業料を要求する教室ばかりであれば,経済的な理由からそのような教室を選択できない子どもたちが出てしまう.教室を運営する費用を授業料としてすべて保護者負担にするのは,選択の自由を保障するという点で問題がある.この問題については,アメリカを始めとして海外に解決策の事例がある.ある条件を満たす教室を公立学校として認可するチャータースクール制度や,義務教育年齢の子どもをもつ保護者にバウチャー(授業料の支払いのみに使える金券)を交付して均等に経済的支援をする教育バウチャー制度などがそれである.

「明石不登校から考える会 第29号」2001.4

[エッセー目次に戻る]

居場所

 「集まる」教育を行う場所として,学習者の居場所と分散教室が必要である.ここでは,居場所について説明する.
 居場所とは,学習者が学習したいことを探したり学習仲間や指導者を探したり,それらのために相談したり助言をもらったりする場所であり,学習したいことが見つかるまで休んでいる場所でもある.したがって,居場所は学習者にとって「学習のベース」となる場所である.
 居場所には,家庭とフリースクールと職場がある.家庭は子どもが生まれ育つ場であるため,子どもにとって最初の居場所であり,最も身近な居場所である.フリースクールは,規格化を排除した「強制のない学校」として,子どもの居場所となることができる.職場とは仕事をする場所であるが,フルタイムでもパートタイムでも,またボランティアでも構わない.ここでは報酬の有無多少は問題ではなく,居場所の条件を備えておればよい.大企業のような大人だけの職場を連想すると,子どもの居場所として認めにくい.しかし,昔の丁稚奉公や家内工業のような職場なら,子どもの居場所となり得る.
 居場所は次の機能を持っている.
(1) 学習者に1人で活動する場を提供する
 学習者が1人でいたい,1人で何かをしたいと望むとき,その環境を提供する必要がある.その場は必ずしも個室である必要はない.
(2) 学習者に学習仲間とのコミュニケーションの場を提供する
 気軽なおしゃべりは,学習の動機を見つけるために有効である.対面でのコミュニケーションの場を提供すると同時に,コンピュータ・ネットワークによるコミュニケーションの場を提供することも重要である.
(3) 学習者に適した分散教室を案内する
 学習者が学習の動機を持ったとき,学習者が望んでいる学習内容を的確に把握して最適な分散教室を案内する必要がある.
 居場所には,学習者に学習活動の案内を主な仕事とする「案内者」が必要である.案内者は,学習者の学習したいことを的確につかみ,学習者を最適な学習環境に案内する人である.家庭では保護者が,フリースクールではその職員が,職場では経営者や上司が案内者となる.分散教室は地域社会に多数散在することになるので,それぞれの学習者が1人で自分に適した分散教室を選択することは困難である.そのため,分散教室の選択を助言する案内者の役割は非常に重要である.当然,子どもにとって最初の案内者は,家庭にいる学習者の保護者である.

「明石不登校から考える会 第30号」2001.5

[エッセー目次に戻る]

分散教室

 今回は,「集まる」教育をおこなうために必要なもう1つの場所「分散教室」について述べる.分散教室は,これまで何度も述べた医院型教育の場で,「集まる」教育の中で重要な役割を果たす.
「集まる」教育を実現するには,学習者による多様な学習内容と学習方法の要求に応えるために,多様で多数の学習場所を用意しなければならない.それらの学習場所は,地域社会にある学習素材となるすべての事物を利用するために地域社会に散在し,学習者の学習要求と学習過程に迅速で丁寧に対応するために少人数(小集団)で教育を行う必要がある.このように,地域社会に多数散在し少人数で多様な教育を行う学習場所が「分散教室」である.
 学習する場としての機能を独立して持っているものを分散教室と呼ぶが,居場所が外部に公開した学習環境を用意しているとき,その学習環境も分散教室とみなすことにする.学習者が自分の学習の居場所から離れて,他の家庭やフリースクールや職場に学習しに行くときには,これらを分散教室の一つととらえることができるからである.
 なお,現在存在する塾(学習塾,進学塾の他,心の成長や躾の塾など)や,各種教室(絵画教室,音楽教室,英会話教室,体操教室,水泳教室...)などの一部は,今後分散教室として発展していくのではないかと予想している.
 分散教室がもつべき機能として,次の3つをあげる.
(1) 本物の教材を提供すること
 学習者たちに本物の教材にふれる機会を与えることは重要である.本物の教材とは,地域社会で指導的な立場で仕事をする人の知識や技能であり,その人が使っている道具や機器および仕事場である.本物の教材は実生活と密接に結びついており,それらから得る知識や技能はそのまま職業として活かせるものである.現在の学校教育の教科書や実験器具などの教材は,実生活との関連が希薄なものが多い.学校という作られた教育の場に学習者を義務的に集中させていたことが本物の教材から遠ざける主因であったと私は考えている.分散教室は,これらの本物の教材を利用するために,本物の教材のある場所に作られることになる.
(2) 指導者が学習内容の専門家であること
 本物の教材を学習者に提供するために,ある学習内容に関連した仕事に熟練した専門家が指導者になる必要がある.ここでいう指導者とは,学校の教師のような知識の伝達者ではなく,仕事として知識を使っているプロ(専門家)のことである.
(3) 独立した運営をしていること
 多様な教育を実現するために,指導者は独自の判断で分散教室を運営する必要がある.これによって,個性的な分散教室が多数生まれることを期待することができる.

「明石不登校から考える会 第31号」掲載 2001.10

[エッセー目次に戻る]

集まる教育の学び方

集まる教育の学び方  居場所と分散教室で,子どもたちがどのように学ぶかを具体的に説明しよう.
 図1のように,子どもは居場所をベースにして,自分に合ったいくつかの分散教室を選んで学ぶ.たとえば,ある居場所(たとえばフリースクール)に所属しているA君がいる.この居場所にいる案内者は,日頃からA君と話をし,行動をよく見ているので,A君の興味・関心,適性・能力について知っている.A君が何かを学びたいと思ったとき,通える分散教室の中から,A君に合った分散教室を選び出し,A君とその保護者と相談して,分散教室を決める.そうして,少しずつ通う分散教室が増え,その結果,A君は次のような時間割で学習している.月曜日の午前中は2丁目の鈴木先生の数学教室に,午後は3丁目の田中先生のピアノ教室に通う.火曜日の午前中は,フリースクールで友人たちと毎週違ったテーマで議論し合い,火曜日と木曜日の午後は,バイク整備の仕事の手伝いをしながら整備士の勉強をしている.水曜日の午前中は・・・・
集まる教育の考え方  さて,分散教室に目を移すと,図2のように,そこには様々な居場所から子どもたちが集まってくる.たとえば,鈴木先生の数学教室には,A君の他,別のフリースクールからB君とCさん,家庭を居場所にしているDさん,E君,1丁目の八百屋を居場所にして住み込みで働いているF君が通って,一緒に学習している.
 集まる教育では,地域社会に散在する分散教室から自分に合った所を選び出し,すべての子どもがすべて異なる自分だけの時間割を作って学習する.

「明石不登校から考える会 第32号」掲載 2001.11

[エッセー目次に戻る]

教育コーディネータ

 これまでの教育では,保護者は子どもを学校に行かせるだけで良かった.子どもに何を学ばせるか,どのように学ばせるか,誰から学ばせるかについて,全く考える必要はなかった.それらは,文部省や学校がすべてやってくれていたからである.
 しかし,集まる教育ではそうはいかない.教育が多様化して分散教室が多数存在するようになると,それらの中から自分の子どもに適した分散教室を見つけなければならない.子どもと一緒になって,何を誰からどのように学ぶかを考えなければならないのである.
 フリースクールや職場を居場所とした場合には,フリースクールの案内者や職場の上司(教育係)がアドバイスをしてくれるだろう.そうであっても,どの分散教室で学ぶかを決めるのは子どもとその保護者である.保護者の責任がなくなるわけではない.家庭を居場所にした場合はアドバイスをしてくれる人がなく,保護者にかかる負担は大きい.
 このような保護者の負担を軽くする方法は2つある.1つは,保護者が賢くなることである.保護者が教育について学び,集まる教育のシステムを充分に理解すれば,保護者は自信を持って子どもの教育を考えることができるようになるだろう.これらを学ぶことができる生涯学習講座を定期的に開設し,いつでも受講できるようにしておくと良い.
 もう1つは,保護者をサポートする人を配置することである.保護者が集まる教育について理解できても,多数散在する分散教室の教育内容と方法をすべて知ることはできないだろう.そこで,多様な分散教室から子どもに適した所を選択することをサポートする人を配置する.この人を教育コーディネータと呼ぶ.
 教育コーディネータは,定期的に学齢期の子どものいる家庭を訪問して,就学状況を把握し,学習計画を立てる相談に応じる.分散教室の選択だけでなく,子どもに適した居場所の選択についてもアドバイスをする.初めて子どもを就学させる保護者は,子どもに適した居場所が家庭なのか,どこかのフリースクールなのかを容易に決められないであろう.教育の専門的な知識をもち,地域の居場所と分散教室について詳しい教育コーディネータのアドバイスは,大いに役立つに違いない.
 教育コーディネータは,居場所や分散教室の職員が兼ねてはならない.中立を保つために,独立して活動する必要があるからである.また,1つの地域に複数の教育コーディネータを配置し,保護者が教育コーディネータを選択できるようにする.地方自治体が雇用した人と,独立して自分の事務所を持つ人が並存する形が良いかもしれない.
 冒頭で,これまでの教育では「保護者は子どもに何を学ばせるか,どのように学ばせるか,誰から学ばせるかについて,全く考える必要はなかった」と書いた.これはまた,子どもに何をどのように誰から学ぶかを選択できなかったことを意味している.学校教育とは,選択を許さない教育である.しかし,逆に何でも自由に選択できるようになると,その判断が難しくなる.それをサポートするのが,教育コーディネータの役割である.

「明石不登校から考える会」H.S.N(ホームスクーリング・ネットニュース No.96)掲載 2001.12

[エッセー目次に戻る]

教育バウチャーと学習保障証

 教育における選択の自由を保障する社会環境の制度の一つとして「教育バウチャー(educational voucher)」制度がある.教育バウチャーとは,それを持って行きさえすればどの教育機関でも1年間無料で教育を受けることができる「教育機関にのみ有効な金券」である.行政機関が義務教育期間の子どもを持つ保護者に対して発行し,教育機関に集まった教育バウチャーを公的資金を使って換金する.
 このような制度は,古くから提案されている.イリイチは,1971年「脱学校の社会」の中で,適用対象を生涯教育にまで広げて「教育クレジット」として提案している.フリードマンは,1980年「選択の自由」の中で「授業料クーポン」という名前で提案している.
 教育クレジットや授業料クーポンは,最近アメリカでは「教育バウチャー」という名で定着している.この教育バウチャーは,1970年台の前半,カリフォルニア州サンノゼ市で実験的に実施されたことがある.また,ミシガン州で4ヶ月間だけ実施されたことがある.しかし,いずれも定着はしなかった.公立学校の教員組合が,教育の自由競争の渦に巻き込まれることを恐れて反対したためである.
 しかし,これからは事情が異なる.これまで述べたように,今後は教育の多様化が進み,数多くの居場所と分散教室ができるだろう.このとき,子どもが居場所,家庭,学校のいずれを学習のベースとするかによって,保護者の経済的負担に差があってはならない.教育に対する経済的負担を平等にし,教育の機会をより平等にするために,教育バウチャーは一つの有効な手段となる.
 さて,教育バウチャーを「集まる」教育に適した形に発展させた制度として,私は学習保障証制度を提案する.学習保障証は,健康保険証をモデルとしている.子どもは学齢期になると,学習保障証を渡される.学習保障証には,通った居場所と分散教室を毎月記入する欄がある.居場所の案内者と分散教室の指導者は,毎月月始めに子どもから学習保障証を提示してもらい,それに居場所の名称や学習内容などを記載する.そして,学習保障証から子どもの氏名や学習保障番号などの必要事項を記録し,市町村の学習保障課(あるいは学習管理センターのような別の組織)に通知して,指導した子どもにかかった教育費を受け取る.
「集まる」教育では,居場所と分散教室の選択の自由が保障され,長期短期様々な学習サイクルが可能でなければならない.この学習保障証制度は月単位で扱われるので,これらの要件を満たしていると考えて良い.また,この制度は生涯学習にも広げて適用することが可能である.

「明石不登校から考える会 第36号」掲載 2002.4

[エッセー目次に戻る]

有限を無限に

 個性を尊重しつつ,一人一人を大切にする教育の重要性が周知の事実となった.学習指導要領を始めとする文部科学省の文書にも頻繁に書かれるようになった.このような教育を実現するためには,子ども一人一人に合った教育環境を用意する必要がある.多様な教育環境を創り出すには,多様な教育資源が必要である.教育資源には,教材や教具だけでなく,指導者(教師)や教育の場(教室など)も含まれる.
 子ども一人一人に合った教育環境を用意するには,子ども一人ずつに独自の教材と指導者を個別に用意することが理想である.しかし,それは費用の面でも人材の面でも不可能だ.限られた教育資源を用いて,できる限り子どもの多様性に見合う教育環境を用意するには,どうしたら良いだろうか.その答の一つが「集まる」教育である.
「集まる」教育では,限られた教育資源を用いて,子ども一人一人に適した別々の時間割を作ることができる.月曜の午前は1丁目の佐藤先生の英語教室,月曜の午後は2丁目の鈴木先生の数学教室,火曜の午前は3丁目の田中先生の音楽教室...という具合である.座学(主に教室に座って学ぶこと)の授業だけではなく,地域で働いている人たちから,直接仕事を手伝いながらその知識や技術の一部を学ぶこともできる.火曜の午後は自転車実習として,自転車販売店で販売と修理を手伝いながら接客と自転車の仕組みを学んでも良い.水曜の午前は農場実習として,近くの農家で農作業を手伝いながら農業を学んでも良い.
「集まる」教育の教育資源は,地域の人々によって支えられた分散教室である.子どもの興味・関心,適性・能力に応じて,限られた分散教室(教育資源)を自由に選択させることで,非常に多様な時間割(教育環境)を作ることができる.たとえば,ある地域で分散教室が50あったとする.月曜から金曜まで午前と午後の2つの授業枠があり,分散教室の授業が均等に割り振られているとしよう.つまり,全部で10の授業枠があって,それぞれの授業枠に分散教室の授業が5つずつ入っている.このとき,時間割は5の10乗通り,つまり9,765,625通りある.これは,地域(町村)の子どもの数(数十〜数千人)から見て充分に大きく,ほぼ無限にあると言って差し支えないだろう.
「集まる」教育は,有限の教育資源を使って無限の教育環境を創り出す教育システムである.

「明石不登校から考える会 第37号」掲載 2002.5

[エッセー目次に戻る]

コミュニティ・ベースト

 集まる教育には,何が必要なのでしょうか.欧米では集まる教育のヒントになった「塀のない学校」が実在しています.欧米ではできて,日本ではできない理由は何でしょう.
 私は,日本で集まる教育を実現するには,次の2つが必要不可欠だと考えています.
(1) 教育の規制緩和
(2) コミュニティの成長
 (1)については,以前に学校設置基準などについて書いたことがあるので,ここでは省略します.
 では,コミュニティとは何でしょうか?生活環境を共有し,ある程度共通した利害関係や価値観を持った人たち,またはその人たちが作る地域社会のことです.日常生活やお祭りなどの行事を,助け合いながらおこなって過ごします.共同体と日本語に訳されることがありますが,それではピンときません.そのまま,コミュニティといいます.
 昔の村社会はコミュニティの1つの形態です.現代ではコミュニティは弱小化しましたが,町内会活動やPTA活動などに残っています.集まる教育を実現するには,コミュニティがもっと成長して,教育の分野に積極的に関わり,自分たちの後継者を自分たちで育てるという意識をもつ必要があります.
 学校には,公立(国立も含めて)と私立があります.誰が学校を設立するときの資本金を出し,誰が敷地や校舎を所有しているのかを示しています.私は,これらに加えて第3の学校として,コミュニティ立学校があっても良いのではないかと考えています.生活協同組合の教育版のような団体,つまり教育協同組合があって,コミュニティの人たちが少しずつ学校設立の資金を出し合います.
 そして,この学校の指導は,地域に分散した教室で,コミュニティの人たちがおこないます.集まる教育では,実際に仕事をしている場を教育の場とし,コミュニティを支えているプロの職業人が指導者となります.つまり,教育の場はコミュニティが用意します.
 教育を受けるのは,コミュニティの未来を担うコミュニティの子どもたちです.思春期の子どもの成長には,親以外の大人に認められることが必要です.集まる教育では,プロの職業人である指導者が子どもに課題を与え,それを成し遂げるのを見守ります.その過程で,子どもたちは,自分には何ができて,コミュニティの一員としてどんな役割を果たすことができるか(=人の役に立つのか)を,子どものときから感じることができます.
 集まる教育では,コミュニティが教育のために資金を出し,コミュニティの人たちが指導者となり,コミュニティの人材を育てます.リンカーン風に言えば,コミュニティの,コミュニティによる,コミュニティのための教育です.集まる教育は,コミュニティ・ベースト・エデュケーションです.

「明石不登校から考える会 第40号」掲載 2002.8

[エッセー目次に戻る]

サイバーフリースクール「北の散歩道」(1)

学習グループの構成  サイバーフリースクールは,サイバースクールとフリースクールを結合させて私が作った造語です.サイバースクールは,インターネット上の学校です.フリースクールは,カリキュラムや時間割がない,子どもを中心にした教育をおこなう学校です.日本では,不登校児童・生徒を対象にした私塾をフリースクールと読んでいます.ですから,サイバーフリースクールは,不登校児童・生徒を中心とした子どもたちのための,インターネット上の学習とコミュニケーションの場です.そして,私の研究室で作っているサイバーフリースクール「北の散歩道」には,「集まる教育をインターネット上で実践する」という大きな目的があります.ちなみに,北の散歩道は,北海道教育大学旭川校の近くを通る遊歩道の名前です.
 これまで書いてきた集まる教育を実現するには,町ぐるみの取り組み,場合によっては2つ3つの町を巻き込んだ大きな取り組みが必要になります.それには,人(協力者,理解者)とお金と時間が必要です.現実には簡単に実現しません.しかし,インターネット上に集まる教育を実現することは比較的簡単にできます.もちろん,実現できる内容はかなり変わってしまいますが,それはやむを得ません.
学習グループの選択 「北の散歩道」では,学習グループが学習活動の単位になります.学習グループ毎に学習テーマを持ち,それに興味・関心のある子どもたちがその学習グループに集まってきます.自分にぴったり合った学習グループがなければ,自分で新しい学習グループを作ることもできます.子どもたちは,自分の興味・関心,適性・能力に合わせて学習グループを複数選択して,自分だけの時間割を作ることになります.この点は,以前お話した集まる教育と同じです.ただ,インターネット上のことですから,時間割といっても学習活動は時間に拘束されることはありません.時間を合わせる必要があるのは,チャットだけです.チャットは,文字でやり取りするインターネット上のおしゃべりです.
 学習グループでは,スタッフとチュータが学習とコミュニケーションのサポートをします.スタッフは,教育大学の学生が務めます.チュータは専門的な指導のできる学外ボランティアです.そして,各学習グループは,次のようなサイクルで学習活動をおこないます.
学習サイクル (1) 情報の収集
 子どもたちは,学習テーマに沿った情報を個別に収集します.収集した情報は,チャットや電子掲示板で見せ合って議論します.
(2) 学習用Webページ作成
 各自が収集した情報は,議論を深めるために一旦学習用Webページとしてまとめられます.学習用Webページは,学習グループのメンバーだけが見ることができます.
(3) 情報の加工,分析,検討
 学習用Webページの内容について,学習グループのメンバー全員で閲覧し合って議論を深めます.議論の度に書き直し,編集し直します.調べ足りないことがあれば,情報を収集し直します.
(4) 学習成果Webページ作成
 学習用Webページは,(1)から(3)の学習活動を繰り返すことによって,次第に洗練されていきます.そして,学習活動の成果として,学習成果Webページが完成し,インターネット上に公開します.この完成によって,その学習グループの活動は終了します.
 具体的な活動内容は次回に紹介したいと思います.まだ動き始めたばかりで充分な活動はできていませんが,是非一度「北の散歩道」に来てみてください.URLは以下の通りです.
http://www.et.asa.hokkyodai.ac.jp/cs/

「明石不登校から考える会 第41号」掲載 2002.9

[エッセー目次に戻る]

サイバーフリースクール「北の散歩道」(2)

 今回は,サイバーフリースクール「北の散歩道」での具体的な取り組みについてお話します.
「北の散歩道」では,学習グループの活動には,学習内容にも学習方法にも全く制約を設けていません.学習内容は自由に選ぶことができます.もし自分の取り組みたいテーマの学習グループがなければ,そのテーマで新しい学習グループを作ることができます.新しいテーマで学びたい子どもとスタッフになる学生がいれば,新しい学習グループをいつでも作ることができます.たとえば,「小数の計算をわかるようになろう」「流星群を見よう」「サッカーのルールを知ろう」など何でも構いません.学習方法は,その学習グループに集まった子どもたちとスタッフ,チュータが話し合って決めることができます.書物やインターネット検索で調べたことを電子掲示板で報告し合う方法でも,チャットで議論する方法を主にしても構いません.実際に会ってミーティングしたり見学や観察に出掛けたりすることを計画するのも良いでしょう.
 ところで,子どもたちは,初めから何をしても良いと言われても,すぐに活動することは難しいでしょう.そこで,具体的な学習活動の内容と方法をあらかじめ少し示しておくことにしました.
クイズバトルのイメージ  まず,教科別にクイズ問題を作成する学習グループを作り,グループ間で問題を解き合うクイズバトルを企画しました.クイズバトルは次のようにします.グループ算数に所属している子どもAは,グループ算数のメンバーと一緒に算数のクイズ問題を作成し,それを解きに来る挑戦者を待ちます.それと同時に,Aは挑戦者となって,他のグループが作ったクイズ問題を解いてまわります.このようなクイズバトルを定期的におこない,それに向けて各グループが趣向をこらした問題を作成します.クイズ問題を作る過程も学習ですし,他のグループが作ったクイズ問題を解く過程も学習です.ゲーム感覚で楽しみながら,学習成果を期待することができます.現在,スタッフによって3つのグループ「せいかつ」「さんすう・すうがく」「こくご」が作られています.
 もう1つ,サイバー図書室「ほんのへや」を作りました.これは,児童書の書評を集めたものです.今後は,子どもたちに読んだ書物の感想を書いてもらい,それらをデータベースにしたいと思います.そうすれば,自分の好きなジャンルやキーワードを使って,そのデータベースから次に読んでみたい本を探し出すことができるようになります.
 今後どんな学習グループを作って活動するかは,皆さんのアイディア次第です.是非一度「北の散歩道」に来て,ゲスト登録をしてみてください(http://www.et.asa.hokkyodai.ac.jp/cs/).

「明石不登校から考える会 第42号」掲載 2002.10

[エッセー目次に戻る]

<番外編1>

何か引っかかるもの(前編)

 学生に対する卒論指導の際,私の修士論文「2010年の情報社会における教育の展望とその実現を支援する学習環境について」(1997)を参考に渡した.そこで少し読み返してみると,我ながら面白いことを書いている.今回は「教育革命への道」の連載をお休みし,その修士論文の序文(一部修正)を紹介する.

 私は,中学校と高等学校で8年間教員をしていた.そのときに,いつも「何か引っかかるもの」を感じていた.おしゃべりのやまない教室で大声で授業をしているとき,掃除をさぼる生徒に説教をしているとき,悪態をついてきた生徒とにらみ合っているとき,生徒の内職(授業中に他教科の勉強をしていること)を見つけてノートを取り上げるとき,処分を受ける生徒と校長室にいるとき,ゲームセンターを巡回しているとき,...数え上げると全くきりがない.そして,とうとう「何か引っかかるもの」が何かわからないまま,私は教員をやめた.やめる理由を生徒たちには「コンピュータの仕事をしたくなったから」と言い,教師たちには「私は教師に向いていないから」と言った.どちらの理由も嘘ではなかったが,本当の理由は他にあった.
 さらに昔を振り返ってみると,「何か引っかかるもの」は高校時代から感じていた.遅刻の常習犯で勉強をしない私は,担任にとって要注意の生徒であった.学校では履修しない「フランス語」と「地学」を独学して,大学受験科目にしていた.卒業文集には,「変化こそ,我が人生」とフランス語で書いた.「何か引っかかるもの」を感じて時に無気力になり,時に人と違うことを積極的にやろうとしていた.
 学校において,教師と生徒という両方の立場を経験していながら,それでも「何か引っかかるもの」の正体はわからなかった.
 昨年,ある本との出会いが「何か引っかかるもの」の正体を私に教えてくれた.その本とは,トフラーの「第3の波」(中公新書)である.この本との出会いによる感動が,本論文を書く原動力となった.(「何か引っかかるもの」については最後に触れる)
 トフラーは,「第3の波」の中でその著書が次の「革命的前提」に立脚していると述べている.
(1) 人類は完全にみずからを滅しはしない.
(2) 今日すでにわれわれを揺り動かし始めている変化は,決して無秩序で気ままなものではなく,明快な図式に従う.
(3) 現在の変化はやがて積み重なって,われわれの生活,仕事,余暇,思考を根底から変革し,希望にあふれるまともな未来を可能にする.
 これらの前提から,希望に満ちた「第3の波」という新しい文明を描くことができる.第3の波の一部は,もう私たちの周囲に至っている.しかし,私たちの多くはそれらに全く気がついていないか,気が付いていても今までの文明の秩序を乱す厄介者と敵視しているため,その先にある新しい文明に気が付かないでいるのである.
 教育についても同じである.これらの前提から希望に満ちた第3の波の教育を描くことができる.学校では,いじめ,校内暴力,長期欠席者の増加,高校中退者の増加など様々な問題を抱えている.私たちの多くは,学校におけるこれらの問題を教育全体に共通する問題であると考えてしまい,学校の外に新しい教育があることに気付かないのである.
 本論文は,2010年という近未来において実現される,あるいは実現されつつあるであろう新しい教育について述べている.前半は新しい教育の展望であり,後半は新しい教育の実現を支援する学習環境についてである.
 本論文が,かつて私がそうであったように「何か引っかかるもの」を感じながら,学校や家庭で苦悩し奮闘する生徒たちとその親たち,そして教師たちに,希望に満ちた教育の未来像を提供することができれば望外の幸せである.

「明石不登校から考える会 第33号」掲載 2002.1

[エッセー目次に戻る]

<番外編2>

何か引っかかるもの(後編)

 前回の序文に続き,今回は私の修士論文の結び(一部省略・修正)を紹介する.

 本論文の背景にあるのは,第2の波から第3の波への大きな移り変わりである.
 第3章でとりあげたトフラー「第3の波」からの引用をもう一度とりあげる.
 波はぶつかり合い,重なり合い,われわれの周囲に闘争と緊張をつくる.そうした変化を波として理解することによって,変化に関する私の考え方も新しくなった.教育,厚生,技術,あるいは個人生活と政治などあらゆる分野で,単に表層的な,過去の産業化社会の延長にすぎないものと,真に革命的なものとを用意に見分けることが可能になった.
 私の場合も,それがそのまま当てはまった.
 教育に関する様々な事象を第2の波のものと第3の波のものとに分けることによって,未来の教育を具体的に展望することができたし,その教育の実現を支援する学習環境を思い描くこともできた.
 また,本論文の冒頭で述べた「何か引っかかるもの」の正体についても理解できた.それは,学校に対する私の第2の波の価値観であり,学校信仰である.
 生徒であった私は,第3の波をそれとは知らずに感じており,意図的に自分自身を個性化しようとしていた.学校がその障害となっているにもかかわらず学校に行くことをやめることはしなかった.「何か引っかかるもの」は私に高校中退を阻んでいたものであり,それは学校信仰であった.
 教師であった私は,自分が第3の波の価値観を持っているのを感じていながら,学校教育の中の1人の教師として,生徒たちの第3の波の価値観と対峙していた.「何か引っかかるもの」は,かつて自分がそうであったはずの第3の波を感じている生徒たちと対立させていたものであり,学校信仰であった.
 2つの波の価値観の衝突による心の葛藤は私だけのことではなく,多くの生徒と教師が多かれ少なかれ感じていることであると思う.しかし,「第3の波」に出会う前の私のように,その2つの波の価値観を区別することができないでいるために,その心の葛藤から抜け出せないでいるのである.

 最後に本論文で論じたことを踏まえ,今後の研究の展開として,私は私自身に次の2つの課題を課したいと思う.
(1)第2の波と第3の波の間で苦悩する子ども,親,教師に対して学校信仰からの解放を手助けすること
 第2の波から第3の波への移行は自然の流れであるので,ことさらそれを強調する必要はない.しかし,2つの波がぶつかり合い,その間で苦悩する人々がいる.教育においてその渦中の最も中心にいるのは,不登校になった子どもとその親である.
 苦悩の原因は,自分の中の2つの相反する教育に対する価値観の衝突であり,しかもそれに気付かないことである.2つの価値観に気付き,そのどちらか一方を採用して他方を捨ててしまえば苦悩は解消する.どちらの価値観を採用するかはその人次第であるが,精神的に追いつめられ現実に学校に行けなくなっている子どもが第2の波の価値観を採用するのは自殺行為である.その子どもに待っているのは,自分でも止めようのない家庭内暴力か自殺である.このような子どもとその親には,学校信仰を直ちに解消することを積極的に勧める必要がある.
 そのため,不登校で苦悩する子どもと親に訴えるのは次の2点である.
  1. 学校だけが教育の場ではないこと
  2. 学校以外の教育にこそ未来があること
(2)第3の波の教育に必要な人工物環境を提案すること
 本論文では,現在すでにある人工物かその発展した人工物を利用して,教育を論じた.しかし,第3の波の教育にとってどんな人工物環境がより好ましいのかを考え,それを作り出す視点も重要である.本論文ではこの視点に欠けている.これを今後の課題の1つとして取り組みたい.

「明石不登校から考える会 第34号」掲載 2002.2

[エッセー目次に戻る]

<番外編3>

塀のない学校

 私は,これまで「教育革命への道」と題して,「集まる教育」を提案してきました.しかし,「集まる教育」の考え方は,私がすべて考え出したわけではありません.たとえば,地域に学びの場が散在し,子どもたちがそこに学びに行くという学びのスタイルは,アメリカで30年も前から「塀のない学校」(School Without Walls)として存在しています.町全体,市全体が子どもたちに教育資源を提供し,子どもたちがそれらを学校の外に出て学びに行きます.
 その中でも最も古く(1970年創立)世界的に有名なのは,アメリカ・フィラデルフィア市にある公立高校「パークウェイ・プログラム」です.パークウェイ・プログラムは,借家,教会,YMCA,図書館,美術館,消防署のホールなど,提供してくれるところならどこでも教室にしてしまいます.生徒は各教室で学べる内容から自分で時間割をつくり,それに従って自転車でそれぞれの場所に移動して学習します.
 1973年には,ニューヨーク市で「シティ・アズ・スクール(CAS)」が創立されています.CASも公立の高校で,ニューヨーク市にある様々な公的・私的な機関や施設や学校,企業あるいは有志の個人の家に行って,そこで学びます.たとえば,博物館,診療所,FM放送局,雑誌出版社,バレースクール,モンテッソーリ幼稚園,未婚の母の家,市上院議員の家などです.ニューヨーク市内に200以上ものコース(教育資源)が用意されていて,校舎内で学ぶコースは10余りしかありません.創立はパークウェイ・プログラムに遅れをとりましたが,「塀のない学校」の考え方自体はCASの方が先だと言われています.
 これらにならって,シカゴにメトロ高校,ボストンにマレーロード高校などができました.「塀のない学校」は,公立オルタナティブスクール(伝統的な学校の代りに選択できる学校)の1つの形として定着した感があります.
 さらに,欧米では,ホームスクーリングという考え方も定着しています.アメリカでは,教員免許を持った指導者がいれば,学ぶ場所は問わない州が多くあります.家庭で学ぶことは,特別なことでも異常なことでもないのです.家庭で学ぶことを支援するフリースクールも増えてきました.私立のフリースクールとして有名な「クロンララ」は,ホームスクーリングで学ぶ子どもとその親を支援し,高校卒業資格まで出しています.
 子どもの個性を尊重し,多様性を重視したこのような新しい教育の試みは,アメリカだけでおこなわれているのではありません.カナダやヨーロッパでも何十年も前からおこなわれています.しかも,それらは公的な教育としておこなわれています.それらに比べて,日本はひどく見劣りします.画一的な教育から脱することができない日本は,教育においては後進国だと言わざるを得ないでしょう.

「明石不登校から考える会 第38号」掲載 2002.6

[エッセー目次に戻る]