「子どもにとってのインターネットとケータイ」

村田育也(北海道教育大学旭川校准教授)

本稿は,2007年6月23日の北海道学校教育学会で私が行った講演の内容を,学会スタッフの方が録音内容から起こしていただいた文章に加筆修正したもので,北海道学校教育学会研究紀要第20号pp.3-8(2008年6月)に掲載されています.北海道学校教育学会の許可を得てここに掲載します.


1.はじめに

 2年前に、文部科学省の委託事業に関わりました。そのときに、全国の小学校、中学校、高校で、各校で工夫した情報モラル教育の実践をやってもらおうという話になりました。そこで、全国の教育委員会を通して、各学校に実践校としての参加の希望をとりました。希望を募ってみると、応募の多かった地域と少なかった地域がありました。北海道はどうだったと思いますか。北海道と東北からの応募はほとんどありませんでした。逆に、応募が多かったのは、九州、そして関西です。これは、これらの地域で、この時期、インターネットやケータイを原因とした事件が多く発生していたためだと考えられます。
 そう考えると、北海道や東北地方で応募が少なかったのは、「北海道や東北で事件が起きていなかったからだ」ということになるのですが、今後も北海道や東北でも事件が起こらないとは限らないわけです。「人のふり見て我がふり直せ」ということもありますように、他の地域で起きていることを教訓にしながら、将来への対策を考えていただければと思います。

 まず、インターネットやケータイ(携帯電話)を使う子どもの現状について、お話したいと思います。その実態については、学校の先生はよくご存じのことかと思います。意外に、大人しい、よい子といわれている子が、ネットの世界では豹変するということがあります。それから、子どもの責任能力と保護者の責任について考えることが必要です。これは学校とは直接関係ないことと思われるかも知れませんが、家庭の問題が学校に持ち込まれているというのが現状です。その後、今後子どもに指導しなければならないことについて、いくつかの方向からお話していきたいと思います。

2.インターネットやケータイを使う子どもの現状

2.1. 匿名性と個人性

 私は、子どもにインターネットやケータイを使わせる上での一番の問題点は、「匿名性」と「個人性」だと感じています。個人性とは、私の言葉なのですが、インターネットにしてもケータイにしても、それを使用するときは、一人で使うというところから考えた言葉です。インターネットでは、電子掲示板やオンラインゲームなど複数の人が関わって行われるわけですが、基本的に操作をしている人が、自分の責任において使うという点で、個人性が高いと言えます。子どもに使わせる場合には、この匿名性と個人性という問題を抜きにしては考えられないと思っています。

 学校教育と家庭教育の間にある問題として、例えば、次のようなものがあります。学校では、メールアドレスを与えてもいませんし、使い方を教えてもいません。家庭でのインターネットの使用について特に奨励しているわけでもありません。しかし、ネット上でのいじめ「ネットいじめ」のような問題が起こってくる。そして、その内容を見ると、同級生や部活の友達が関わっているということがわかってきて、学校の対応が求められてくる。学校では使わせていないのに、家庭で勝手に使わせているのに、問題だけ学校に持ち込まれるわけです。だから、学校で情報を扱う教育を行わなければならないということになってきています。このような経緯で、本来、学校教育で扱っていないことを学校教育で扱わなければならないという、おかしなことになってきているのです。

 私たちの記憶からは、少し古くなってしまいましたが、長崎の小学校で女子児童が同級生に対して殺人事件を起こすということがありました。大変ショッキングな事件だったのですが、この事件が起こってから、文部科学省や各教育委員会が情報モラル教育で動き始めたという経緯があります。その点からも、一つの大きな事件だったといえるのではないでしょうか。
 事件が起こったのは、今から3年前の6月1日です。この事件の直後、加害女児の名前や顔がネットに流出しました。ネットではこういうことも起こります。さて、亡くなった被害女児は、「パソコンを通じての人との関わり」と題する作文を残しており、その中で、ネット上で男の子のふりをしてみたことがあって「ばれなかったことに安心したような、悲しかったような気持ちでいっぱいでした」と書き残しているのです。小学生でもこのようなことをやっているわけです。使い方は、自分で試行錯誤しながら覚えていくようです。
 いろんなことがあったのだと思いますが、結局この被害女児がネット上に書いてしまったことが、同級生の反感をかって、事件を引き起こすきっかけになってしまいました。加害女児は、非日常的な内容で話題になった「バトルロワイアル」という映画に興味をもっていたと言われています。本来は、15歳未満は見ることができないものなのですが、姉のレンタルカードを持ち出して見ていたそうです。この映画は、一つのクラスが隔離され、そのクラスの中で生き残りのために殺し合いが行われるという映画です。
 事件が起きた後、この対応はとても早かったのですが、長崎県の教育委員会が県内の小中学校を対象にネットの使用状況についての調査を行いました。小中学校ともパソコンの設置が進みインターネット接続は100%です。ところが、教育利用は各校まちまちで、ネット利用の指導はほとんど行われていません。このような状況なのに、被害女児はホームページを自分で作っていました。そして、そこに誰でも自由に書き込みができる状態になっていました。

 結論を急いで申し訳ないのですが、敢えて結論から言うと、私は、小学生がホームページを作成し、そこに書き込みを行うということに反対です。小学生には、インターネット上に自分の力で情報公開をする力はありません。無理です。親にもその恐ろしさがわかっていません。わからないから、子どもに任せた状態になっています。これはとても危険な状態です。
 これをご覧ください。北海道新聞の一面に掲載された記事です。北大生が、小学生の女の子を自分の部屋に連れ込んだという事件です。この二人は、オンラインゲームで知り合っただけで直接会う約束をしました。常識では考えられない事件ですが、一番の問題点は、これらの経緯について、親は何も知らなかったということなのです。こんな事件もありました。インターネット上で爆弾の作り方を検索し、その通りに爆弾を作って、隣のクラスの気に入らない友だちに投げつけたというものです。
 これらのことから、先ほども述べましたが、匿名性と個人性をきちんと理解して、未成年者がネット上の情報を扱うことは難しいと言わざるを得ません。大人でも難しいことなのに、子どもにはとうてい無理です。

2.2. 子どもの思いと親の思い

 ケータイに関しては、2年前、奈良で小学校1年生が誘拐されて殺されたという事件がありました。この子はケータイを首から提げていたのです。ケータイを持たせる親には、防犯のため、いつでも連絡をとれるようにするために持たせるという方がいます。しかし、現実にはケータイを首から提げていても誘拐は起こるわけです。そればかりではなく、むしろ、犯人が、誘拐した人のケータイを家族との交渉の道具に使うということが増えているのです。ケータイを持たせたから安心ということは、絶対にありません。また、19歳の少年が、3ヶ月間で9万円もケータイを使い、それをとがめた母親を殺してしまったというも起きています。
 ケータイの問題を整理すると、有害な情報がやりとりされることと、悪意のある大人との接触の機会ができてしまうことが最も大きな問題でしょう。その他にも、睡眠時間が短くなる、またPTAの高校生に対する調査では、ケータイを持っている子どもは初体験が早いという結果も報告されています。

 子どもは、パソコンを、勉強のための情報を得るために必要なものだと言って親にねだります。親たちはそれを信じて購入するのですが、購入したとたんにゲーム機になってしまうというのはよくあることです。子どもは、ケータイが同級生とのコミュニケーションに必要だと言いますが、同級生と話をするなら直接学校で話をすればよいわけで、ケータイは必要ありません。
 ケータイの必要性について、親と子の間に認識の「ズレ」があります。親は、子どもがケータイを持てば子どもといつでも連絡できて安心だと思うのです。子どもとのコミュニケーションが増えると思うのです。しかし、これは大きな勘違いで、事実は全く逆なのです。ケータイを通じて親子の会話が増える、コミュニケーションのきっかけが作られることはありません。子どもは親と話がしたくてケータイが欲しいのではないからです。試しに、通話もメールも親としかできないケータイを作って子どもに与えればわかります.きっと、そんなケータイは要らないと言って捨ててしまうでしょう。子どもの思いは、親に内緒で友だちとメールができる、話ができる、そういうことなのです。

3.子どもの責任能力と保護者の責任

 インターネットやケータイを使う上で知っておかなければならないことはたくさんあります。情報モラルが必要だとよく言われますが、「情報モラル教育」と「情報安全教育」とを区別して考えようという動きがあります。どの内容をどの学年から指導するかを考えることは、とても重要で難しい問題です。
 メディアリテラシーについては、私は小学校から指導できる情報教育だと考えています。どういう情報が正しいのか、信じて良いのかを判断する力のことです。大学生でもメディアリテラシーが充分だとはいえません。レポート課題を書かせるときに、何を参考にしたのか明記しなさいと言うと、「ウィキペディア」を参考にしましたと言ってくる大学生がいます。しかし、ウィキペディアは、インターネット上で誰でも書き込める百科事典であって、書かれた内容に誰かが責任をもっているというわけではありません。同じように、電子掲示板の書き込みにも、誰が書いたのかわからない、あやふやな情報やメッセージがあふれています。
 みなさんは「2ちゃんねる」という電子掲示板をご覧になったことがありますか。私はPTAなどでお話をさせていただくときに、「一度ご覧になってください。お子さんたちは、こういうページを見ているのですよ」と言うようにしています。
 インターネットから得られる情報は、今どういうことが世の中で騒がれているか、注目されているかを知るためには役立ちます。しかし、未成年者が何の指導も受けずに自分の判断でうまく扱えるものではないと思います。

 子どもが親に黙ってインターネットを使っていると、とても親には言えないような状況が出てきます。過激な性表現や暴力などの有害サイト、親からすれば、容認できない内容のものです。見るつもりがなくても、そのようなサイトにつながってしまったということがよくあるのです。そういう有害情報をシャットアウトする、見せなくするという方法もあります。「フィルタリング」という方法です。フィルタリングには,プロバイダがサービスとして行っているもの、フィルタリング専用のソフトで行うもの、ウェブページを見るためのソフトであるブラウザで行うものがあります。学校でインターネットを使う場合、専用のソフトでフィルタリングするということは、絶対に必要なことです。フィルタリングソフトは、コンピュータウイルス対策ソフトと同じように定期的に更新して使うようになっています。これによって100%有害情報から子どもたちを守れるというわけではありませんが、最低限の処置としてコンピュータに入れておきたいものです。

 次に、依存症の問題について触れておきます。インターネット依存症もありますし、ケータイ依存症もあります。インターネット依存症になると、長時間没頭する、勉強時間が減少する、成績が低下する、睡眠時間が減る、遅刻をする、授業中居眠りをする、というような問題が起きてきます。また、食事や入浴などの家族との時間を守らなくなる。やめさせようとすると怒り出す。何時間やっているのと注意しても聞きません。生活が乱れたり成績が下がったりしたことを、インターネットを長時間使っているためだとは認めようとしません。成績が下がったのは勉強をしていないからで,インターネットをやっているからではないと屁理屈で応戦してきます。
 ケータイ依存症についても述べておきます。ケータイを持っていないと不安になる子どもが増えています。ヒマさえあれば、ケータイをいじっている。自分のメールに返事がないと不安になって意味のないメールを友だちに送るようになる。ある霊長類の研究者は、この無意味なメールが、サルが仲の良いサルに自分の居場所を知らせるために鳴く「クーコール」に似ていると指摘していて、この現象をコミュニケーションのサル化と呼んでいます。また、この研究者は、ケータイを持っている女子高生と持っていない女子高生を対象として、興味深い実験を行いました。その結果、ケータイを持っている女子高生の方が利己的な行動をし、裏切ることをためらわない傾向があることがわかりました。ケータイ依存症は,ケータイの使用時間が長くなるだけではなく,コミュニケーションの力や社会的な対人行動に支障が出てくるのです.

 今、高校生はほとんどがケータイを持っていますが、中学生のケータイの所持率が約5割です。そこで、昨年、中学生約400人に対して、先ほど紹介した研究者がした実験に似た調査をしてみました。すると、ケータイを持っている中学生の方が寂しがり屋であることがわかってきました。また、男子には差が見られなかったのですが、女子に関しては、ケータイを持っている者の方が攻撃的な行動をとるらしいことがわかりました。子どもにとって、ケータイを持つということは、色々な社会的な成長に影響することが考えられるわけです。
 最近、ケータイメーカーの社員を学校に呼んで、ケータイの使い方についての話を聞くという集会が開かれることがあるそうです。しかし、売る側の人間を呼んで、その説明を聞くというのは問題があります。メーカーは、当然ですが、ケータイを売ること、使わせることを考えているので、子どもの成長にどういう影響があるかなどについては感心がないからです。
 インターネット中毒に関しては、韓国が大変な状況にあります。韓国では、オンラインゲームに熱中する人が非常に多く、その中には50時間ゲームをし続けて死んでしまった人がいるくらいです。日本はそこまで行っていませんが、充分に注意する必要があります。

 このような問題がインターネットやケータイを使うときにはあるので、高校生や大学生には、これらのことをよく説明して注意して使わせなければなりません。しかし、小中学生には別の問題があります。説明したことを理解する力があるかどうか、自分がしたことに責任を持つ力があるかどうかという問題です。

4.子どもに指導しなければならないこと

 ここで,家庭で子どもにパソコンを使わせる場合に、親が最低限すべきことをあげておきます。まず、個室にはパソコンを置かないでください。リビングなど、常に家族の目に触れるところに置くことが大事です。また、1人1台のパソコンは使わせないでください。家族で1台のパソコンを譲り合いながら使うと良いでしょう。使わせる前に使用時間を約束させること、フィルターリングソフトを入ることも忘れてはいけません。つまり,子どもがパソコンを使ってすることを親が把握できるようにします。
 でも、そんなことをしたら子どものプライバシーはどうなるのかと言われるのかも知れません。しかし、責任能力が未熟な子どもに、完全なプライバシーを与えるべきではありません。自分のしたことに責任が取れない子どもに、便利なものだからという理由で、インターネットやケータイを自由を使わせてはいけないのです。そのことを理解していない親が多いように思います。子どもに責任能力がないときは、子どもがしたことに親が責任を持たなければなりません。保護者には子どもを保護監督する義務があるのです。しかし、それができていない親が多いので、家庭で解決すべき問題が学校に持ち込まれているというのが現状です。
 では、どうすればよいのでしょうか。私は、インターネットとケータイの年齢に合わせた使わせ方のスタンダードを作りたいと思っています。インターネットの利用方法を、責任能力の発達に合わせて4段階に分けます。 使わせない、大人が付いて使わせる、条件付きで使わせる、一人で使わせるの4段階です。私個人の意見としては、小学4年生までは使わせない、中学生までは大人が付いて使わせる、高校生は条件付きで使わせる、と考えています。ケータイは、大人が付いて使わせることができないので、中学生までは使わせません。この考えは、14歳未満の未成年者には、刑事責任や民事訴訟における賠償責任を問えないことを考慮しています。

5.おわりに

 最後に、私が所属しています研究グループが作成した情報モラル教育についての冊子をご紹介します。高校生用については、本にしたりビデオにしたりしています。こちらにある小学生、中学生向けのものは、まだ広く出回っていませんが、どうぞ使われることがありましたらお使いください。
 小学生向けの冊子は私が担当して作りました。情報モラル教育、情報安全教育を進めていくと、インターネットでは危ないことがあるぞ、人を信じるな、情報を信じるな、そういうネガティブな教育になりがちです。しかし、そうではないポジティブな情報モラル教育や情報安全教育ができます。この冊子では、人を信じる大切さや思いやる大切さ、正しい情報を見つける大切さに目を向けられるように書いています。どうぞ、これらの冊子をお使いいただき、情報モラル教育、情報安全教育に役立てていただきたいと思います。